2021年6月よりHACCP義務化が完全施行され、「あちこーこー豆腐」の保存方法と販売の目安についても新たに明確な基準が設けられました。今後もあちこーこー豆腐を販売できるのか、継続して販売するためにはどう対応すればよいのか、さまざまな悩みを抱えていらっしゃる方もいるでしょう。
今回は沖縄県食品衛生協会専務理事を務め、様々な企業のHACCP導入をお手伝いしてきた伊志嶺が、HACCP義務化に伴う今後のあちこーこー豆腐の販売について詳しく紹介します。
この記事を書いた伊志嶺は、「あちこーこー豆腐」の手引の作成委員を務めました。事業者の皆さんの意見を反映していただくように、様々な期間の協力をいただき、一生懸命、知恵を絞って活動しています。みなさんのお力を貸してください。
HACCPが義務化されても、あちこーこー豆腐の販売は可能
HACCPの義務化に伴い、「あちこーこー豆腐」の販売はどうなるのか気にされている方も多いと思いますが、 HACCP義務化の後も継続して販売を行うことが可能です。
ただし、「HACCPに沿った衛生管理(以下、「HACCP」)」では、自分で科学的合理的根拠を持って、衛生管理計画を作り管理するか(下図:左「HACCPに基づく衛生管理」)、小規模事業者であれば、手引きを活用して衛生管理を行う こと(下図:右「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」) ができます。
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あちこーこー豆腐は沖縄が誇る食文化として他の豆腐と製造工程や売り方が異なるので、「特別な注意」(温かい状態で販売することによるばい菌が増えるリスクを科学的に調べる)が必要です。
そこで「温かい状態で販売する島豆腐の手引き」が農林水産省の支援を受けて作成されました。
この手引きにしっかり従うことで、より安全にお客様にあちこーこー豆腐を提供することができるようになります。
「温かいまま販売」=「『危険な温度帯』で販売」することになるので、
安全性を確保するために、しっかり科学的な根拠が必要になるんです。
「製品の高温保管(製品温度55℃以上に維持し、55℃未満になってから3時間以内に喫食または速やかに冷却後冷蔵保管すること)が大切」(温かいまま販売される島豆腐の手引 P3)
販売方法は、55℃を下回ってから3時間以内に「食べる」か「冷やす」
10℃~60℃までの温度帯は、ばい菌が増えやすい「危険な温度帯」と言われており、この「危険な温度帯」に長く置かれることを避けて、あちこーこー豆腐の安全を確保する必要があります。
そのため、温かい状態での販売に、上記の温度帯と時間の目安となる「基準」が設けられることになりました。消費者の安全を守るために、しっかりとこの目安となる基準を守るようにしましょう。
豆腐の販売基準を正しく理解しよう
食品衛生法の規格基準(豆腐)
あちこーこー豆腐の販売時間の目安が決まった経緯を正しく理解するために、食品衛生法の規定を確認していきましょう。
食品衛生法によると豆腐の保存基準については、次のように定められています。
- 引用:「食品、添加物等の規格基準 第1食品D豆腐各条 〇豆腐」
1972年沖縄復帰による「あちこーこー豆腐販売禁止」と1974年の「但し書き」の追加
上記、保存基準にある通り、「豆腐は基本的に冷蔵または冷水で換水しながら、保存」しなければいけないというのが原則です。その結果、1972年(昭和47年)の沖縄復帰による食品衛生法の適用により、温かいまま豆腐(=「あちこーこー豆腐」)を販売(保存)することは、食品衛生法の保存基準に違反することになり、販売できなくなりました。
しかし、沖縄の豆腐製造業の人たち、そして「あちこーこー豆腐」を大事に思っている人たちは、諦めませんでした。粘り強く、関係各所に交渉をお願いし、「台風などによる断水と慢性的な水不足」「大事な食文化であること」など様々な事情を考慮して、但し書きが追加され、下記の2つの場合は、保存基準が適用されないことになりました。
1. 移動販売
2. 成型した後水さらしをしないで直ちに販売用に供されることが通常である豆腐
この但書を追加したことで、「あちこーこー豆腐」はちゃんと販売できるようになりました。当時の関係者のお話を新聞で読むと、胸が熱くなります。
「令和」に生きる私達も、先輩方から繋いでもらった文化を守りましょう!
常温での豆腐販売は成型後「直ちに販売」を厳守
常温で豆腐を売るためには、成型した後直ちに販売しなければいけません。「直ちに販売」とはどういうことかというと、(冷やさなくても)「安全性が保てるうちに販売」と解釈されます。
食品衛生法の規定は、「食中毒の予防」を目的としています。その解釈にあっては、事業者や文化を守ることも確かに大事ですが、「食中毒の予防」つまり国民の健康・安全を優先するのは当然と考えられるからです。
今までは「直ちに」の明確な目安がなかったので、「当日中」のようにアバウトな解釈で販売されてきました。しかし、「HACCPの制度化」により、「安全性が保てるうちに販売」する具体的な方法は、検査等の科学的なデータによって、定めなければいけません。
手引の検討委員会では、(但書当時のように)「工場の軒先でしか販売ができないのではないか」という議論もありました。
しかし、現在は「町の豆腐屋さん」の多くが廃業して、お客様が、豆腐屋さんに直接買いに来ることは、ほとんどありません。そこで、スーパー(小売店)で売れる「目安」を作ることが検討委員会の目標になりました。
販売方法の目安(基準)は科学的根拠に基づいて決定されている。
先程紹介したように、HACCPの義務化に伴いあちこーこー豆腐は、「55℃を下回ってから3時間以内に食べるか、冷やす」という目安(基準)が手引に定められました。
「あちこーこー豆腐だけ基準が厳しいのではないか」との声をメーカーさんからよくいただくのですが、基準については科学的根拠に基づいて決定されており、決してあちこーこー豆腐だけが厳しい基準を課されているわけではありません。
何から消費者を守るのか?=加熱で生き残る「セレウス菌」
あちこーこー豆腐の販売方法について、細かく基準が設けられている背景には、「セレウス菌」の存在が大きく関係しています。
あちこーこー豆腐を衛生的に作るために重要となるのが、原材料にいる菌をしっかり殺菌することです。原材料の受入を行った後は鍋を使って100℃以上の状態でしっかり加熱を行い、ごくわずかに含まれている可能性のある病原微生物を殺菌するよう手引きにも記載されています。加熱殺菌と衛生的な作業をしっかり行うことでほとんどの病原微生物は管理することができます。
しかし、「セレウス菌」に関しては100℃で加熱しても、生き残った状態になっています。そして、生き残ったセレウス菌が55℃を切ってから3時間経つと、悪影響を及ぼす量にまで増えてしまうのです。
「セレウス菌」が原料の大豆や豆腐に含まれている割合(検出率)は、食品安全委員会の過去の調査によると51~56%とされており、「今まで一度も事故が起きたことがないから大丈夫」とは、とても言える状況ではないのです。(食品安全委員会 ファクトシート「セレウス菌食中毒」P3)
HACCP義務化に伴う今後の対応について
今後の対応としてまず重要になるのが、あちこーこー豆腐は55°を下回ってから3時間以内で食べるか冷やすということを定着させていくことです。
消費者の安全を守るため、製造者や小売店はもちろんのこと消費者自身も一体となって安全基準の順守を徹底していく必要があります。製造メーカー・小売店・消費者それぞれが取り組むべきこと、期待される役割をさらに詳しくご紹介します。
製造メーカーの取り組みについて
製造メーカーの取り組みとしては、納品温度と時間、そして表示の管理が大切になります。
保温材なども開発されているので、それらを活用しながら、55℃以上の納品温度を保つよう努めましょう。保存方法の表示に関しては直ちに販売との基準に合わせて、冷蔵ではなく「常温」表示にするようにしてください。
店頭に並ぶ時間は以前よりも短くなるため、ロスが多くなると考えられます。例えば、消費者に対してSNSで納品時間を連絡する=「どのお店に何時に行けば買える」ということを知らせる手段を作っていきましょう。
昔のように「豆腐のラッパ」を鳴らすと、お客さんや子どもたちが追いかけてきてくれたような、「そうだ、豆腐買わなきゃ!」と日常的に思い出してもらえる関係を作っていく必要があります。
小売店の取り組みについて
小売店さんの取り組みとしては、販売時間の消費者へ周知することと、ロスを減らすための発注と製造者さんとの連携が大切な役割として期待されます。
常温保存ができるのは最大3時間になりますので、小売店で販売できるのは実質2時間ないし2時間半程度といずれにしても短時間での販売になります。
そのため消費者のみなさんが購入しやすいように販売時間をしっかりお知らせするとともに、販売時間が過ぎた商品がロスにならないように、製造者さんと連携して、時間前に温度帯変更をして必要な表示をすることが望まれます。
55℃未満になって、3時間経過前に「冷やす」ことでも安全性を担保することはできると考えられています。製造者さんと連携して、「食品ロスを発生させない販売方法」を検討していただきますようお願いします。
消費者の取り組みについて
消費者の取り組みとして期待されることは、「あちこーこー豆腐を見つけたらすぐに購入」しロスを減らしていくことが大切です。
今までは冷めてから時経の経った豆腐も店頭に並んでいたかもしれませんが、これから先は時間のた経った豆腐が店頭に並ぶことはなく販売時間を過ぎたものは下げられていくことになります。言い換えれば店頭に並んでいるあちこーこー豆腐はとても安全な状態なので、見つけたら購入し食品ロスの防止に協力してください。
実は、HACCP義務化の前から、豆腐の消費量がどんどん落ち込んで、ロスも多かったため(つまり豆腐が売れないため)、廃業が増えていました・・・
先人たちが残してくれた大事な食文化を残すために、あなたが「あちこーこー豆腐」を一つでも多く食べ、ロスを減らすことが期待されています。
条件がクリアできない場合はどうなる
HACCPの義務化が6月1日よりスタートしましたが、 定められた基準がクリアができていなくても直ちに 行政処分や出荷停止になることはないので安心してください。
まだまだ新しい制度なので、当面の間は導入の支援や助言が中心に行われます。55℃の温度を守るのが難しい場合などは保健所に相談し、自社にあった安全確保の形を見つけてください。
すでに基準をクリアする方法を実施できているメーカーさんもいます。業者さん同士で情報交換も行われているので、必要な情報を集めて条件をクリアする方法を探していきましょう。
まとめ
HACCPが義務化されても、あちこーこー豆腐を販売することは可能です。ただし、55℃を下回ってから3時間以内に食べるか冷やすという基準を守って、安全な状態で販売していく必要があります。
基準については、科学的根拠に基づき決定されているので、しっかり守っていきましょう。
対応が難しい場合は、保健所などに相談し条件がクリアできる方法を探してみてください。
HACCPの義務化に伴い、より安全な状態であちこーこー豆腐が楽しめるようになったので、消費者のみなさんは、あちこーこー豆腐を見かけたらぜひお買い求めください。
今後は、製造メーカー・小売店・消費者と全員が一体となって協力していくことが、あちこーこー豆腐を守るためには大切になります。
沖縄の文化を守るためクラウドファンディング へのご協力をお願いします
最後にクラウドファンディングのお知らせです。
HACCP義務化に伴うあちこーこー豆腐の製造販売を支援するため、クラウドファンディングを実施予定です。沖縄の大事な文化を守っていくために、ご協力いただける方はぜひよろしくお願いします。
あちこーこーは55℃で納品することが必要になりますが、温度を保つのは簡単にできることではなく保温材や鍋の購入などにコストもかかりますし、そもそもやり方がわからないという方もいらっしゃいます。
そこで、必要な支援を行うために沖縄県豆腐組合さんで、クラウドファンディングを実施する予定になっています。ただ、現在いろんなメーカーさんの意見を聞きながら進めている状態で、開始時期は未定です。
クラウドファンディングがスタートしたらメールマガジンにてお知らせしますので、メールマガジンの登録も併せてお願い致します。メールマガジンは下記のリンクより登録できます。
http://shimadofu.net/lp/index.html
みなさん、是非「あちこーこー豆腐ファン」になってください!
どうぞよろしくお願いいたします。